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松山地方裁判所 平成5年(ヨ)322号 決定

主文

一  本件申立をいずれも却下する。

二  申立費用は債権者の負担とする。

理由

第一  申立の趣旨

一  債務者は、別紙第一物件目録及び同第二物件目録記載の各物件を製造し、又は販売してはならない。

二  債務者の前項記載の各物件に対する占有を解いて、執行官にその保管を命ずる。

第二  事案の概要

本件は、茶パックについての実用新案権の専用実施権者である債権者が、別紙第一物件目録及び同第二物件目録記載のお茶パック・むぎ茶パック・だしパックを製造・販売する債務者に対し、右専用実施権に基づき、右お茶パック等の製造・販売差止等の仮処分を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  本件実用新案権等

(一) 債権者は、次の(1)記載の実用新案権(以下、この実用新案権を「本件実用新案権」といい、本件実用新案権に係る考案を「本件考案」という。)について、次の(2)記載の専用実施権(以下「本件専用実施権」という。)を有する者である。

(1) 実用新案権

・登録番号 実用新案登録第一八九〇三一三号

・考案の名称 茶パック

・出願日 昭和五八年三月八日(実願昭五八--三三八九九号)

・公開日 昭和五九年九月一七日(実開昭五九--一三八五六八号)

・出願公告日 平成二年三月二〇日(実公平二--一一三三〇号)

・登録年月日 平成四年三月九日

(2) 専用実施権

・受付年月日 平成四年一二月一一日

・登録年月日 平成五年二月二二日

・原因 平成四年三月九日契約

・範囲 地域 日本全国

・期間 本件実用新案権の存続期間満了まで

・内容 製造ならびに販売

(二) 本件考案の実用新案登録請求の範囲は、別紙実用新案公報の実用新案登録請求の範囲記載のとおりである。

(三) 本件考案の構成は、以下の各構成要件に分説される。

(1) 耐容性と浸出性とを有する方形薄片1の一辺を裏面側に折り畳んで折り畳み部イを、相対する一辺を表面側に折り畳んで折り畳み部ロを設けてあること。

(2) 各々の折り線ハ、ニが同一線上で上端縁と重なるように、前記折り畳み部イを外側に、また、折り畳み部ロが内側となるように該薄片1を二つ折りしてあること(一方を裏薄片Aとし、他方を表薄片Bとする。)

(3) 前記両薄片A、Bの両側端を融着3、3して上方に開口部2を有する有底袋体が形成されていること。

(4) 前記袋体の薄片B側の上方左右隅角部C、Dを前記薄片B側の表面の内方に向つて三角形状に折り重ねて前記開口部2を狭窄させた後、前記薄片Aの折り畳み部イを前記薄片B側に折り返して該開口部2と三角形状隅角部C、Dを包被したこと。

(5) 茶パックであること。

(四) 本件考案は以上の構成を有するため、次のような作用効果を有する。

(1) 人数に応じて開口部から袋内に茶の使用量の入れ加減を任意に行うことが容易にできる。

(2) 袋内の内容物が内部の膨張によつて隙間から流出したりする虞れがない。

(3) 袋体が熱湯内に沈降してエキスの浸出を無駄なく行い得る。

2  イ号・ロ号物件

(一) 債務者は、別紙第一物件目録記載のお茶パック(以下「イ号物件」という。)、及び同第二物件目録記載のむぎ茶パック・だしパック(以下「ロ号物件」という。)を業として製造し、販売している。

(二) イ号・ロ号物件の構成は、以下のとおりである。

(1) イ号物件

<1> 全体が耐溶性と浸出性とを有する不織布の薄片で構成されていること。

<2> 長方形の薄片1は、折り線2に沿つて二つ折りされていること。

<3> 薄片1は、短辺の一端が折り線4に沿つて背面側に折り畳まれて、重畳部3が形成されていること。

<4> 薄辺1は、その短辺の他端が折り線6に沿つて内側に折り畳まれて、重畳部5が形成されていること。

<5> 折り線4、6は同一線上で重なり、それらは上端縁となつていること。

<6> 両側端においてそれぞれ融着部7、8とによつて薄片1の重ね合わせ部分が融着され、背面側の薄片Aと正面側の薄片Bとによつて開口部Eを有する袋体を構成し、その袋体は、上方の左右に隅角部C、Dを有していること。

<7> お茶パックであること

(2) ロ号物件

<1> イ号物件の構成<1>と同じ。

<2> イ号物件の構成<2>と同じ。

<3> イ号物件の構成<3>と同じ。

<4> イ号物件の構成<4>と同じ。

<5> イ号物件の構成<5>と同じ。

<6> 長方形の独立の小薄片10が、その長辺の一辺を上端縁と同一線上になるように内側に配置され、融着部9によつて薄片1に融着されていること。

<7> 両側端において、それぞれ融着部7、8によつて薄片1及び小薄片10の重ね合わせ部分が融着され、背面側の薄片Aと正面側の薄片Bとによつて開口部Eを有する袋体を構成し、その袋体は、上方の左右に隅角部C、Dを有していること。

<8> むぎ茶パック又はだしパックであること。

3  イ号・ロ号物件の構成と本件考案の構成要件との対比

(一) イ号物件との対比

(1) イ号物件の構成<1><3><4>は、本件考案の構成要件(1)を充足する。

(2) イ号物件の構成<2><5>は、本件考案の構成要件(2)を充足する。

(3) イ号物件の構成<6>は、本件考案の構成要件(3)を充足する。

(4) イ号物件の構成<7>は、本件考案の構成要件(5)を充足する。

(二) ロ号物件との対比

(1) ロ号物件の構成<1><3><4>は、本件考案の構成要件(1)を充足する。

(2) ロ号物件の構成<2><5>は、本件考案の構成要件(2)を充足する。

(3) ロ号物件の構成<7>は、本件考案の構成要件(3)を充足する。

二  争点

1  直接侵害について

(一) 構成要件(4)の解釈、本件考案の技術的範囲について

(1) 債権者の主張

本件考案の構成要件(4)の内容は、本件考案の最終構造を実現するための方法的記載から成り立つているところ、実用新案法が方法を保護の対象としていない以上、このような方法的記載はそもそも考案の構成たりえない。考案の技術的範囲は、もつぱら当該考案にかかる物品の形状において判断すべきであり、本件考案についても、方法的記載を保護の対象とすることは許されない。

以上により、本件考案の技術的範囲は、構成要件(1)(2)(3)によつて特定される有底袋体であつて、構成要件(4)の閉塞方法によつて開口部を閉塞することが可能な茶パックと解すべきである。従つて、本件考案の構成要件(4)の「包被した」とは、「包被すべく構成した」の意味であり、「包被することが可能な構造である。」という趣旨である。

このことは、別紙実用新案公報の明細書中に本件考案の実施例として、第1図ないし第3図が記載されていること、即ち、構成要件(4)に記載された閉塞方法が施されていない茶パックが、本件考案の実施例として示されていることからも明らかである。

(2) 債務者の主張

債権者は、本件実用新案の出願に際し、当初はその登録請求の範囲を構成要件(4)のない形で出願し、登録を拒絶された。

債権者は、その後の拒絶査定不服審判手続において、登録請求の範囲に構成要件(4)を付加して、本件考案の技術的範囲を狭く補正し、かつ、構成要件(4)による独自の効果を強調した結果、本件実用新案の登録が認められたのである。

従つて、構成要件(4)は本件考案にとつて欠くことのできない重要な要素であつて、構成要件(4)は構成要件(1)ないし(3)で特定された有底袋体を方法的記載によつて限定するものと解すべきであり、本件考案の技術的範囲は、構成要件(1)ないし(3)で特定される有底袋体であつて、構成要件(4)の閉塞方法をもつて開口部が閉塞される茶パックと解するのが相当である。

(二) イ号・ロ号物件が本件考案を侵害するか否か。

(1) 債権者の主張

<1> 本件考案の技術的範囲については、前記(一)(1)のように解釈すべきところ、イ号・ロ号物件は、構成要件(4)の閉塞方法によつて、開口部を閉塞することが可能な茶パックであるから、本件考案を侵害する。

<2> 本件考案の技術的範囲について、前記(一)(1)のように解釈できないとしても、やはりイ号・ロ号物件は本件考案を侵害する。即ち、

イ号・ロ号物件は、重畳部3を薄片B側に折り返すと、上方左右隅角部C、Dは必然的に三角形状に折り重ねられ、開口部Eが狭窄される。イ号・ロ号物件のパッケージ(甲四ないし六の各2)の「<3>できあがり状態」の図面にも、点線で三角形状の隅角部C、Dが記載されており、この三角形状は開口部Eが狭窄されている状態を示している。

従つて、イ号・ロ号物件は、構成要件(4)の閉塞方法によつて、開口部を閉塞する茶パックであることが明らかであり、構成要件(4)を充足しており、本件考案を侵害するものである。

乙第一号証の写真では一四と一五の間の写真がないが、隅角部C、Dは必ず三角形状になり、当該開口部は狭窄されているのである。乙第一号証の一五の写真は、形成された三角形状隅角部を指で整えた後の状態を撮影したものである。一度侵害品が作られた後になつて、不都合な部分を故意に改変したとしても、侵害品が作られたことに変わりはない。

<3> なお、構成要件(5)の「茶パック」は、明細書に「この考案は、茶、紅茶、その他粉末等を軽便に袋入れして使用する茶パックに関する」と記載されていることからも明らかなように、だしパック、むぎ茶パックを当然含むものである。

従つて、だしパック、麦茶パックであるロ号物件も、構成要件(5)の「茶パック」の要件を充足する。

(2) 債務者の主張

<1> 前記(一)(2)で述べたように、本件考案の技術的範囲は、構成要件(1)ないし(3)で特定される有袋底体であつて、構成要件(4)の閉塞方法をもつて開口部が閉塞される茶パックである。しかるに、イ号・ロ号物件は、上方左右隅角部C、Dを薄片B側の表面の内方に向かつて三角形状に折り重ねる操作を行わないので、本件考案の構成要件(4)前段の要件を充足せず、本件考案を侵害しない。

<2> 債権者は、本件考案の出願過程においては、構成要件(4)前段の動作を予め行うこと(上方左右隅角部を事前に三角形状に折り重ねること)によりもたらされる特別の作用効果を強調していたにもかからわず、本件実用新案登録がされた後になると、イ号・ロ号物件は、重畳部3を薄片B側に折り返すと、上方左右隅角部C、Dは必然的に三角形状に折り重ねられ、開口部Eが狭窄されるなどと言つて、茶パックとしての最終構造が同じであれば構成要件(4)を充足すると主張するのであり、債権者のかかる主張は、禁反言の原則により許さない。

<3> 構成要件(5)の「茶パック」には、だしパック、麦茶パックであるロ号物件は含まれない。

2  間接侵害について

(一) 債権者の主張

仮に、債権者の前記1の(一)(二)の各(1)の主張が認められず、イ号・ロ号物件が本件考案を直接侵害するものでないとしても、イ号・ロ号物件の製造・販売行為は、本件考案に係る物品の製造にのみ使用する物を業として製造し、販売するものであるから、本件考案を間接侵害(実用新案法二八条)するものである。即ち、

(1) 一般消費者は、イ号・ロ号物件を購入した後、以下の操作を行つて、イ号・ロ号物件を使用する。

(a) イ号・ロ号物件が多数パッケージされた商品を購入した後、パッケージを破り、イ号・ロ号物件を取り出す。

(b) 袋体の開口部Eから必要なお茶・だし・むぎ茶等の粉末を入れる。

(c) イ号・ロ号物件の上方左右隅角部C、Dを薄片B側の表面内方に向かつて三角形状に折り重ねて、右開口部Eを塞ぐ。

(d) 重畳部3を薄片B側に折り返す。

(e) 折り返したことにより、開口部Eと前記(c)で形成された三角形状隅角部が包被される。

(2) このように、イ号・ロ号物件が一般消費者に購入されて使用される際には、一般消費者によつて構成要件(4)の操作が行われて、本件考案の侵害品が製造される。そして、一般消費者は、イ号・ロ号物件をその他の実用的な用途に用いることはできない。

(3) 仮に、一般消費者がイ号・ロ号物件について、前記(1)の(c)の操作を行わなかつたとしても、一般消費者が、パッケージに記載された使用方法に従い、重畳部3を薄片B側に折り返す(前記(1)の(d)の操作をする。)と、イ号・ロ号物件の上方左右隅角部C、Dが三角形状に折り重ねられるので、この場合でも、イ号・ロ号物件は、構成要件(4)前段の要件を充足する。

(4) 従つて、債務者は、一般消費者が本件考案に係る茶パックを製造するに際し、その製造にのみ使用する物を業として製造・販売するものであり、間接侵害が成立する。

(二) 債務者の主張

(1) イ号・ロ号物件は、上方左右隅角部C、Dを薄片B側の表面内方に向かつて三角形状に折り重ねる操作はせず、単に重畳部3を薄片B側に折り返す操作のみで開口部Eを包被するものである。

(2) 仮に、一般消費者がイ号・ロ号物件を使用する際、上方左右隅角部C、Dを三角形状に折り重ねる操作をしたとしても、その折り重ね方向が「薄片B側の表面の内方に向かつて」(構成要件(4)前段と同一方向)いるとは限らず、「薄片A側の裏側の内方に向かつて」(構成要件(4)前段と反対方向)折り重ねられることもある。

(3) 従つて、イ号・ロ号物件は、本件考案に係る茶パックの製造にのみ使用するものではないから、債務者がイ号・ロ号物件を製造・販売する行為は、本件考案に対する間接侵害をも構成しない。

3  債務者主張の抗弁の成否

イ号・ロ号物件の製造・販売行為が、本件考案の直接侵害(前記1)、間接侵害(前記2)に当たるとすると、次に、債務者が主張している、(一)独占的通常実施権の存在、(二)本件実用新案権の無効事由の存在(本件考案は、岸美津正と青木常雄の共同考案によるものであるのに、青木常雄が単独で出願したこと。)が問題となる。

第三  当裁判所の判断

一  直接侵害について

1  実用新案における方法的記載について

(一) 本件考案の構成要件(4)の内容は、「前記袋体の薄片B側の上方左右隅角部C、Dを前記薄片B側の表面の内方に向かつて三角形状に折り重ねて前記開口部2を狭窄させた後、前記薄片Aの折り畳み部イを前記薄片B側に折り返して該開口部2と三角形状隅角部C、Dを包被した」であり、方法的を記載を包含している。

(二) ところで、実用新案法における考案は、物品の形状、構造又は組合せにかかる考案をいうのであつて(実用新案法一条、三条参照)、製造方法や使用方法は考案の構成たりえないものであるから、考案の技術的範囲は物品の形状等において判定すべきものであつて、係争物件が係争考案の技術的範囲に属するか否かの判断に当たつては、製造方法や使用方法の相違を考慮の中に入れることは、原則として許されないものと解されている(最高裁昭和五六年六月三〇日判決・民集三五巻四号八四八頁参照)。

そして、製造方法等の記載は、その方法を実施した結果得られる特定の形態を、方法の表現をかりて間接的に表現したものであり、物品の形状・構造等の特定、説明としての意味を有するものと解すべき場合が多い、といわれている。

(三) そこで、以上のような問題点も考慮に入れた上で、方法的な記載を包含する構成要件(4)の解釈、本件考案の技術的範囲について、以下考案する。

2  構成要件(4)の解釈、本件考案の技術的範囲について

(一) 明細書の記載

本件考案について、明細書及び図面(甲二)には、次のとおり記載されている。

(1) 本件考案は、「不織布等の如き薄片にて袋体を形成し、該袋体の開口部に人数に応じて茶類を入れてその入れ加減もできると共にカバー片で開口部を閉塞すべくカバーし、茶袋として外観、体裁等も優れ、使用が簡単な茶パックを提供」(明細書の2欄12行ないし16行)することを技術的課題とするものである。

(2) 本件考案の茶パックは、「表薄片Bの上方左右隅角部を三角形状に内方に向かつて折り重ねることによつて開口部を狭窄するとともに、他方の裏薄片A側の折り畳み部を折り返して狭窄口と三角形左右隅角部をカバーすることによつて開口部を密閉したので」(4欄13行ないし18行)、すなわち、本件考案の茶パックは構成要件(4)の構成をとつたため、「袋内の内容物が内部の膨張によつて隙間から流失したりする虞れはなく、殊に袋体が熱湯内に沈降してエキスの浸出を無駄なく行いうるの実益がある。」(4槽18行ないし21行)との作用効果を有する。

(二) 出願経過

(1) 本件考案(補正前)の出願

本件考案は、債権者代表取締役青木常雄が昭和五八年三月八日出願したものであるが、出願当初の実用新案登録願添付の明細書及び図面(乙一〇)では、実用新案登録請求の範囲は、「耐水性薄片(1)を二つ折りに折畳んで一側面の一部を折返したカバー片(1)と共に左右両端縁にシール(2)を施して一方に開口部(3)を設け、該開口部(3)に対し前記カバー片(1)を反対側に反転させて被蓋することにより袋体に構成したパック」という内容であつた。従つて、本件考案の構成要件(4)の「袋体の薄片B側の上方左右隅角部C、Dを前記薄片B側の表面の内方に向かつて三角形状に折り重ねて前記開口部2を狭窄させた後、前記薄片Aの折り畳み部イを前記薄片B側に折り返して該開口部2と三角形状隅角部C、Dを包被した」ことに関する構成は、出願当初の実用新案登録請求の範囲に全く記載されていないばかりか、考案の詳細な説明中にも記載がなかつた。

(2) 拒絶理由通知、拒絶査定

本件出願に対し、特許庁審査官は、昭和六二年六月一六日拒絶理由通知書(乙一二)を出した。

この拒絶理由通知書では、(a)実開昭五六--一〇三四六二号公報(乙一三の1・2、以下「刊行物(a)」という。)と、(b)実開昭四七--九八一一号公報(乙一四の1・2、以下「刊行物(b)」という。)が引用され、刊行物(a)記載のパック(浸出袋)の開口部に刊行物(b)記載の袋の開口部を応用して本考案をなすことに格別の困難性は認められず、効果においても総和以上のものを奏するものとは認められず、右出願は進歩性がないから拒絶すべきものと認められた。

その後、本件出願は、昭和六三年七月五日特許庁審査官によつて、前記拒絶理由によつて拒絶査定がされた(乙一五)。

(3) 拒絶査定不服審判、出願公告

<1> そこで、出願人は、昭和六三年八月二六日拒絶査定を不服とする審判請求を申し立て(乙一六)、昭和六三年九月二四日付で理由補充書(乙一七)と、明細書の全文及び図面を補正する手続補正書(乙一八)を提出した。

出願人は、右手続補正書によつて、「前記袋体の薄片B側の上方左右隅角部C、Dを前記薄片B側の表面の内方に向かつて三角形状に折り重ねて開口部2を狭窄させ」とか、「前記薄片Aの折り畳み部イを前記薄片B側に折り返して該開口部2と三角形状隅角部C、Dを包被した」等の事項を、構成要件(これが本件構成要件(4)である。)として追加し、技術的範囲を狭く限定した。

<2> そして、出願人は、前記理由補充書の中で、本件考案と拒絶理由通知書で引用された刊行物(b)記載の考案との間には、次の(a)記載のとおりの構造上の差異があり、そのため、次の(b)記載のとおりその効果には顕著な差異があると主張した。

(a) 刊行物(b)記載の考案の開口部は、常に同一の開口部であつて、袋部分の左右両側縁の接着部(2)により蓋片(7)の左右両側縁が接着線の延長線に突出しているのに対し、本件考案の開口部2は、上方左右隅角部C、Dを表薄片Bの表面の内方に向かつて三角形状に折り重ねることによつて狭窄されており、かつ、裏薄片Aの折り畳み部イを表薄片B側に折り返して前記開口部と三角形状隅角部を包被している。

(b) 刊行物(b)記載の考案においては、その開口部より幅の広い蓋片を狭小の開口部に差し込むことはできず、もし差し込むとすれば手間がかかり、蓋片に皺が生じて差し込むことになるため、係止袋でカバーしたとしても隙間から充填物が溢れ出るおそれがあるのに対し、本件考案においては、前記の構造により、狭窄された開口部が密閉され、かつ、カバーするのに操作が簡単で手間がかからず、内容物の流出もないという優れた効果を奏する。

<3> その結果、本件出願は、特許庁審判官(合議体)によつて、平成元年一一月二八日出願公告の決定がなされ(乙一九)、実用新案公報に掲載されるに至つた。

(4) 登録異議の申立、登録異議の決定

右出願公告に対し、二件の登録異議の申立てがなされたが、特許庁審判官(合議体)によつて、平成三年四月一一日、右各登録異議の申立はいずれも理由がないものとする決定がなされた(乙二〇・二一)。

そして、右登録異議の決定においても、「刊行物(b)記載の考案は、係止袋を裏返して開口部を閉鎖する点で本件考案と軌を一にするが、本件考案の袋体の上方左右隅角部を表薄片側の表面の内方に向かつて三角形状に折り重ねて開口部を狭窄させる点を欠如する。」ことが、刊行物(b)記載の考案と本件考案との相違点として指摘された。

(三) 考案

(1) 構成要件(4)の意義

本件考案の明細書によると、本件考案の茶パックは、構成要件(4)の構成をとつたことにより、顕著な作用効果(袋内の内容物が内部の膨張によつて隙間から流失したりする虞れがなく、袋体が熱湯内に沈降してエキスの浸出を無駄なく行い得ること。)を奏するのであり、しかも、本件考案の出願経過によると、補正前の本件考案は、進歩性がないとの理由で一旦拒絶査定されたが、出願人が拒絶査定不服審判の段階において、出願当初の実用新案登録請求の範囲にはなかつた構成要件(4)の構成を追加し、実用新案登録請求の範囲を減縮した上、本件考案は構成要件(4)の構成をとつているため、拒絶理由通知で指摘された刊行物(b)記載の考案にはない顕著な作用効果があると主張したため、最終的に本件考案の登録が認められたものである。

以上の明細書の記載や出願経過に照らすと、本件考案の構成要件(4)は、本件考案が実用新案登録を受けるための必須不可欠の要素であることが明らかである。

(2) 債権者の主張--その<1>

債権者は、本件考案の技術的範囲は、構成要件(1)(2)(3)によつて特定される有底袋体であつて、構成要件(4)の閉塞方法によつて開口部を閉塞することが可能な茶パックと解すべきである旨主張する。即ち、債権者は、本件考案に係る茶パックは、構成要件(1)(2)(3)によつて特定される有底袋体であつて、構成要件(4)の閉塞方法によつて開口部を閉塞することが物理的に可能でさえあれば、実際の開口部の閉塞方法がどのような方法であろうと、全てその技術的範囲に含まれると主張しているのである。

しかし、このような解釈では、構成要件(4)は、本件考案にかかる茶パックの構造を特定するうえで、何ら積極的な意味をもたないこととなつてしまう。それでは、本件考案は、出願経過からみて、構成要件(4)を除外するときは、考案としての進歩性を欠き、実用新案として登録が認められないものであつたことや、本件考案の明細書には、本件考案にかかる茶パックは、構成要件(4)の構成を採用したことから顕著な作用効果を奏することが明記されていることと、全く矛盾してしまう。

債権者の前記主張は失当である。

(3) 債権者の主張--その<2>

更に、債権者は、債権者主張の前記解釈が正しい根拠として、本件考案の明細書には、本件考案の実施例として、別紙実用新案公報の第1図ないし第3図が記載されていること、即ち、構成要件(4)の閉塞方法が施されていない茶パックが、本件考案の実施例として記載されていることからも、裏付けられると主張する。

しかし、本件考案の明細書には、第1図として本考案有底袋体の背面図(4欄23行)が、第2図として本考案有底袋体の正面図(4欄23・24行)が、第3図として第2図X--X線における断面図(4欄24・25行)が、第4図として本考案有底袋体の左右隅角部を折り畳んで折り畳み部でカバーした構成を示す一部切欠正面図(4欄25~27行)が、第5図として第4図Y--Y線における断面図(4欄27・28行)が記載されており、明細書の第1図ないし第3図は、本件考案の構成要件(1)(2)(3)によつて特定される有底袋体を説明するための図面であり、明細書の第4図・第5図は、本件考案の構成要件(4)を説明するための図面である。

従つて、明細書は、第1図ないし第5図でもつて、本件考案の構成要件(1)ないし(4)を説明しているのであり、第1図ないし第3図に記載された有底袋体でさえあれば、その開口部の閉塞方法がどのようなものであつても、全て本件考案の実施品であることを前提として、明細書に第1図ないし第3図が記載されているものではない。

債権者の前記主張も失当である。

(4) 小括

以上の次第で、前記1で考案した実用新案における方法的記載の理解の下で、前記2の(三)の(1)で考案した構成要件(4)の意義に照らすと、本件考案の構成要件(4)は、本件考案に必須不可欠な有底袋体の開口部を閉塞する方法を意図するものと認められ、この閉塞方法をもつて茶パックの構造を間接的に特定するものと解すべきである。

従つて、本件考案に係る茶パックは、構成要件(1)(2)(3)によつて特定される有底袋体であつて、構成要件(4)の閉塞方法によつて開口部が閉塞される構造の茶パックに限定するものと解するのが相当である。

3  イ号・ロ号物件が本件考案を侵害するか否か

(一) 前記2で検討したところによると、本件考案に係る茶パックは、構成要件(1)(2)(3)によつて特定される有底袋体であつて、構成要件(4)の閉塞方法によつて開口部が閉塞される構造の茶パックであると認められるので、かかる観点から、イ号・ロ号物件が本件考案を侵害するか否かについて、以下考察する。

(二) 《証拠略》によると、イ号・ロ号物件の商品パッケージには、イ号・ロ号物件の使用方法として、「<1>パックの中に緑茶等を入れます。<2>折り返し部分に親指を入れ、反対側に返すとフタができます。<3>できあがり状態。」、あるいは「<1>パックの中に煮干等を入れます。<2>折り返し部分に親指を入れ、反対側に返すとフタができます。<3>できあがり状態。」、もしくは「<1>パックの中にむぎ茶等を入れます。<2>折り返し部分に親指を入れ、反対側に返すとフタができます。<3>できあがり状態。」と指示説明されていることが認められる。

従つて、イ号・ロ号物件の開口部分の閉塞方法は、いずれも重畳部3を薄片B側に折り返すのみであつて、上方左右隅角部C、Dを薄片B側の表面内方に向かつて三角形状に折り重ねて開口部Eを狭窄させるという、構成要件(4)前段の閉塞方法がとられていないことが認められる。

(三) この点に関し、債権者は、前記<2>の操作を行えば、イ号・ロ号物件の隅角部C、Dは不可避的に三角形状に折り重ねられ、本件考案と同じ構成を持つ物件となる旨主張する。

確かに、《証拠略》によると、イ号・ロ号物件の重畳部3を薄片B側に折り返して開口部を包被すると、上方左右隅角部C、Dが薄片B側に表面内方に向かつて若干三角形状に折り重なり、その結果、開口部が若干狭窄されたかの如き状態になることが認められる。

しかし、本件考案の茶パックは、積極的に上方左右隅角部C、Dを薄片B側に書面内方に向かつて三角形状に折り重ね、その後、薄片Aの折り畳み部イを薄片B側に折り返して開口部を包被することによつて、茶パックの開口部を積極的に狭窄させた形状・構造に関するものであり、このことによつて、「袋内の内容物が内部の膨張によつて隙間から流失したりする虞れはなく、殊に袋体が熱湯内に沈降してエキスの浸出を無駄なく行いうるの実益がある。」(明細書の4欄18行ないし21行)との作用効果を奏するものである。

しかも、出願人は、出願過程において、それほど開口部が狭窄されていない茶パックを示す出願当初の第4図(乙一〇)を、開口部を顕著に狭窄させた茶パックを示す現在の第4図(乙一八、甲二)に訂正した上、出願当初の実用新案登録請求の範囲にはなかつた構成要件(4)記載の開口部の閉塞方法を追加し、これによつて、前述のような顕著な作用効果を奏することを強調した(乙一七・一八)結果、初めて本件考案の進歩性が認められて、実用新案登録がなされるに至つた(乙一九)のであり、以上の経過については、本件考案の技術的範囲を考察するに際して、充分に考慮する必要がある。

従つて、本件考案に係る茶パックは、積極的に、上方左右隅角部C、Dを薄片B側に表面内方に向かつて三角形状に折り重ね、その後、薄片Aの折り畳み部イを薄片B側に折り返して開口部を包被することによつて、茶パックの開口部を積極的に狭窄させた形状・構造を持つ茶パックでなければならず、イ号・ロ号物件のように、重畳部3を薄片B側に折り返して開口部を包被した結果、上方左右隅角部C、Dが薄片B側に表面内方に向かつて若干三角形状に折り重なり、開口部が若干狭窄されたかの如き状態になつている茶パックは、本件考案の技術的範囲に含まれないものというべきである。

(四) 以上の次第で、イ号・ロ号物件における茶パック等の開口部の閉塞方法と、本件考案にかかる茶パックの開口部の閉塞方法は異なるものであり、このように異なつた閉塞方法により開口部が閉塞される結果、イ号・ロ号物件の茶パック等と本件考案の茶パックとでは、開口部の閉塞後の構造もまた異なつている(本件考案の茶パックは、開口部が積極的に狭窄された形状・構造を持つたものでなければならないのに、イ号・ロ号物件の茶パック等は、開口部が若干狭窄されたかの如き状態になつているに過ぎない。)ことが認められるので、イ号・ロ号物件は、いずれも本件考案の構成要件(4)を充足せず、本件考案を侵害しない。

二  間接侵害について

1  イ号・ロ号物件は、上方左右隅角部C、Dを薄片B側の表面内方に向かつて三角形状に折り重ねる操作はせず、単に重畳部3を薄片B側に折り返す操作のみで開口部Eを包被するものであり、イ号・ロ号物件は、本件考案の構成要件(4)前段の操作をする必要のない構造となつている。

2  このように、イ号・ロ号物件と本件考案にかかる茶パックとでは、異なつた閉塞方法により開口部が閉塞される結果、開口部の閉塞後の構造もまた異なつている。

3  従つて、イ号・ロ号物件は、本件考案に係る茶パックの製造にのみ使用するものではないから、債務者がイ号・ロ号物件を製造・販売する行為は、本件考案に対する間接侵害(実用新案法二八条)をも構成しない。

第四  結論

以上によると、本件仮処分申立は、被保全権利についての疎明を欠くので却下し、申立費用の負担につき民事保全法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 高橋 正 裁判官 橋本佳多子)

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